外交官時代①
銀行の東京本部・都心店勤務時代は、もちろん独身で、原則として銀行の独身寮で暮らすことになっていました。といっても、ほとんど寝に帰るだけで、食堂も賄い付きであることから、30代後半の役付者(管理職)まで住み続けるケースも出てきて、これらの方々は、不文律のように最上階で悠々自適(?)の暮らしでした。
私も30歳になった年、突然寮長(人事部の部長代理)が自室に来られました。何ごとかと驚くと、「海外に出る気はあるか」とのご下問。いよいよ海外支店か、と二つ返事で応諾しました。7月中旬、支店長に呼ばれ、内定を言い渡されました。「外務省だと思う。」えっ!?話が違うな・・・
間もなく、人事部に呼び出されました。人事担当役付者から、「支店長から、何て聞いてる?」と問われ、「外務省だと・・・」と答えると、「そうか、困ったな・・・」とつぶやき、「実は、アブダビの大使館らしい」と。やっと、イミが分かりました。当時、銀行からは外務省本庁に2名、在外公館に1名、常時出向しているのだ、と後で聞かされました。
8月から霞が関の外務省本庁に通いました。中近東第二課といい、比較的紛争の少ない地域を担当する部署のようでした。そこで予備知識を得ながら、急ぎ渡航準備を進めました。
健康診断で医務室に行くと、医務官から「おめでとう、よかったね。最高だよ。」と意外な祝福(?)で、要するに、衛生状態が良い近代都市で、何より酒が飲める(!)という理屈でした。銀行からの前任はリヤドの駐在で、酒はもちろん、外出もままならぬ厳しい勤務環境だったとのことです。とはいえ、生まれて初めて、黄熱病の予防接種などを受けました。
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