銀行員時代⑩
新たな転機が訪れました。ロスアンゼルス支店から、ニューヨーク支店への転勤です。一度は見ておこうと、前年のクリスマス期に家族で観光に行ってから、まだ1年もたっていません。自身はもちろんですが、周囲も意外に思った異動でしょう。
担当は、南部支店業務統括リーダーでした。既に「ジャパンプレミアム」(日系金融機関向け資金供給への上乗せ金利幅の拡大)が世間に知られるようになり、銀行の経営、特に海外拠点の経営は厳しさを増していました。そこで、アトランタ(コカ・コーラ、デルタ航空、CNNの本拠地)とダラス(同、アメリカン航空、テキサスインスツルメンツ)両支店の稟議と融資をNYで一括管理させ、コストダウンを図ろうというものです。LAで様々な苦労をしているのをどなたかが見ていてくださり、「この男を使ってみよう」と判断されたものと思いました。実際、次々と多面的な対応を要する「ファシリテーター」(課題解決円滑化担当者)として、適任であったと思います。
融資稟議(本部提出前)・契約書のチェックと事務管理の体制づくりから始めました。マンハッタンのミッドタウンにあるオフィスから、事務部門のあるダウンタウンオフィスにオンライン帳簿記帳・送金指示等を出す体制なのですが、ここで、稟議起こしから契約書・伝票作成、検査対応までやってきたLAでの経験が、大いに役立ちました。特に、稟議の申請内容を契約書と伝票に忠実に反映し、オンライン記帳結果の点検までやるスタイルは、当時の日本人駐在員があえてやろうとしてこなかった、地味で日の当たらぬ作業です。しかし、これを着実にやることが支店の内部監査(インターナルオーディット)、ひいてはNY連銀その他の外部検査対応に直結する部分なので、(後で見直して直すよりも)大幅に労力を節約でき、営業スタッフの負担も軽減できる結果となった訳です。
南部の両支店に出張もしましたが、西海岸、東海岸ともまた大いに違った地域性と、人々の気質を感じました。遠隔地でやりとりする不便さはありつつも、日本人スタッフ含め、全面的に協力し合えたのは幸いでした。正に、「人生の転機」といえるでしょう。
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